クリニック勤務になった訳

雑記
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転職

私は大学卒業して10年ほど大学病院におりました。

8年ほど出身校の外科に在席しその後別の大学病院に数年勤務しました。

在席中は学位をとったり、専門医を取得したりしつつプライベートでは結婚もし子供が生まれました。

医者人生として順当に進んでいた中でどうしてクリニック勤務となったのかそのあたりを話したいかと

話したいかと思います。

具体的には以下の理由から転職となりました。

  • 金銭
  • 待遇
  • 時間
  • 家族
  • 体力・健康
  • 将来性

詳しく書いていきます。

金銭

医師といえば高給取り。そんなイメージがあるかと思います。

大学病院で最先端の医療に携わっているのであればさぞ給料がいいだろうと。

そんなことはないのです。

10年経っても大学の給料は手取り30万程度であります。

そしてこの給料は教授などの役職につくようであれば上がりはするもののごく一部だけの方であり

金銭を目的に教授を目指すのは効率が悪いです。

大量の論文を書いて実績を積み、勉学に励み各種専門医を取得し、周囲の信頼を勝ち取る。

そこまでは必須であり時の運もあり教授になれない方もたくさんおります。

教授になられる方はおそらくは医師になる前から野望を抱いて計画をしているはずです。

教授になるために家族や健康など多くのものを犠牲にしている方もいるようです。

給料に見合わぬ仕事量、責任があります。その分社会的地位は一線を画すものがあります。

もちろん大学からの給料ではやっていけないためバイトをします。1日10万程度です。

1日で10万なんてやっぱり高給取りじゃんか、とはなりますが

メインの仕事は給料的に希望がないというのは心にくるものです。

待遇

大学病院は大概赤字経営です。

改善を目指すためにコンサルタントを交えて出した結果は

「もっと働け」

と誰でもわかる答えでした。あほか。

具体的には救急車は全て取れ病床を埋めろということです。

どこかで聞いたことがありますね。

社会的にも救急車不応需でのたらい回しが問題で政策に組み上げている方もいましたね。

病院は救急車を増やしたい、社会は救急車を取ってほしい。

需要と供給がマッチしているように見えますね。

ただこれを考えているのは経営者や教授陣であり当然ながら救急車などみません

病院にもよりますが救急車を実際に見るのは多くは若手になります。

救急で熟年の医師が対応するなんてことは見たことがありますか?

そこはおそらくよっぽど医師が足りていないところが大半かと思います。

救急車に応需しないのはそれなりに理由があります。

話しを聞く限り専門分野の対応が必要である、遠方であり他院での治療が望ましいといったところです。

決して面倒くさいからではないです。

そして対応しても個人に足してのメリットはほぼありません。

緊急手術で呼び出されても数千円の報酬となります。

私は緊急手術は正直嫌いではありません

研修時代で緊急手術に呼ばれて

「ちょっと命救ってくるわ」

と言っていた上級医がいました。最高ですね。

患者さん、ご家族からは感謝されることも多くやりがいのある仕事かと思います。

でもそれだけでは限界が来てしまいました。

時間

とにかく時間がないです。

平日日中は手術に明けくれ、ない日はPHSで病棟から連絡がひっきりなしでかかってきます。

飯を食っている時間もない状況の日が多いです。

でも給料からは昼休憩として-1時間分しっかりと引かれています。

朝7時から夜7時あたりまでは普通です。何かあればもっと延長します。

そして夜も何かあれば呼び出されるのです。

休日も当直で、何もなしで手放しで休めるのは月1、2回程度。

当直中も体を休めたり、娯楽で気分がえをするのが自分の中では精一杯になります。

精力的なひとはこの時間にまた別のことをしているのでしょうが自分には無理でした。

休みはもちろん家族サービスです。

こういった環境でも慣れてしまえばやっていけます。

ただクリニック勤務になってから時間ができるともっと周りに目をやることができて

やることが増えたのに自分でも驚いております。

このブログもその一つになります。

家族

上記したように時間がありません。

家族と過ごす時間も少なくなります。

こう書くと怒られそうですが自分の感情として家族との時間を大切にしたいということはありません。

別に嫌いだとかそういうわけではなく上記の月に2回でも構わなかったんです。

自分の父親も特に平日に長時間いた記憶もなく

休日も旅行時以外はどこか行ったこともあまりないです。

それでも父親のことはちゃんと尊敬しております。

しかし妻は許しませんでした。うちの妻は看護師などの医療者ではない元事務職です。

どうしても医療系の仕事の理解度としては低くなります。

私のしていることは家のことを放っぽりだしているやつ、としか映らないんですよね。

あながち間違いはないのですが、仕事しているのです。

接待ゴルフも仕事だよ!とかいうレベルでなく本当に仕事しているんです。

それでも

「何もやってくれない」「ストレスなんだけど」

と毎日のように言われており常にイライラしてました。喧嘩はしょっちゅうで会話もなくなることも多いです。

若干帰宅恐怖症にもなってきてしまいました。

さすがに続けることもできずこちらも限界を迎え転職に至ったというわけです。

最近は比較的落ち着いているかと思います。

未婚であればもっと外科医を続けていた可能性は大いにありますね。

体力・健康

もともと食べる方ではあったのですが

多大なストレスからもっと食べるようになってしまい

成長してしまいました。

血糖値もなかなかなことになってしまい客観的に見れば内服治療開始というレベルです。

外科医ですと長時間の手術も珍しくはないので昼食取れない日も多いです。

内服するとさすがにさすがに低血糖になる可能性もあるので内服は難しい状態でした。

その分運動をするべきなのでしょうが時間もなく無理でした。

体調に異変を感じることはありませんが脳梗塞か心筋梗塞待ったなしな状態です。

将来性

今回の選挙でも多く上がった声で医療費削減という声は無視できないと思います。

大学病院にいて給料がさらに下がる可能性も出てこられるとやってられん、となります。

その前に離脱せねば、となるのも自然かと思います。

教授を目指していたわけではないですからね。

時間があればこのように副業に時間を費やすことや投資、簿記などの勉強に手を出すことができます。

これからは医師が医療だけをやっている時代は終わろうとしています。

自分には大学病院にいながらにやるほどのキャパシティはなかったのです。

まとめ

つまりはというと疲れちゃったんですよ。

大学病院での勤務は、最先端の医療に関われるやりがいや誇りがある一方で、

金銭面・待遇・時間・家族との関係・健康・将来性といった多くの点で犠牲を払う働き方でもあります。

「使命感だけでは続けられない」——そんな思いが少しずつ積み重なり、私は転職という選択をしました。

今はクリニックで働きながら、自分の時間や家族との生活を大切にし、

副業や学び直しにも取り組めるようになりました。

これから医師としての働き方はもっと多様になっていくはずです。誰かの参考になれば幸いです。

それではお大事にどうぞ。

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